Honey Storm


私は今森の中にいる。
なぜ森の中なのかというと、それは少し前の話になる。
先月のこと。私の祖母が病に倒れ、寝込んでしまったのだ。村長の妻である祖母は、私に使いとして森の中にある蜂蜜を採ってきてほしいと頼んだ。
頼まれた私はこのように森に来ているのだけれど……。
「きゃあ! クモー!」
私は虫が苦手で、正直言ってこのような森は向いていない。
長く聳え立つ木々で陽は届くことなく、よく分からない雑草みたいなのが大量に生えている。
にこの鬱蒼とした森の中に神秘の蜂蜜があるとは思えない。
その時、私の耳で微かに羽音が聞こえた。素人でも分かる。蜂だ。
思いもよらない発見に喜びを感じつつ近くの木の上を探ってみる。すると少し高いところに綺麗な蜂の巣が出来上がっている。
「思ったより手応えのないお使いだったな〜」
そんな強がりな安堵をつき、木の上に登って興奮を抑える薬を入れ、ナイフで巣を切り落とした。
その時悲劇は起きた。
「きゃっ!」
樹液に手を滑らせて地面に尻餅をついてしまう。
「いたたた……ん?」
お尻をさすり俯く顔を上げると、目線の先に上品な女性が私を見据えている。
「貴女が私の子供たちに酷い仕打ちをしたのですか」女性は意味の分からないことを言うと、落ちた巣に耳を傾け二三度首肯した。
「どうやら、この森を荒らしたのは貴女のようですね」
「え。私は何も……」
この女性の言っている意味はまだ理解出来ない。私は森を荒らしてなんていないと思うんだけど。
女性は少し鋭い目つきで凄んだ。
「なるほど、隠すのですか。ならば仕方ありません。私、この森の蜂たちを守る妖精が掟に従い、驕れる者に天罰を下しましょう」
今さらとんでもない事に巻き込まれたと気づいたが、それは後悔に終わる。
数多の蜂の軍勢に襲われ気を失ってしまった。
目が覚めた頃、私は巨木に大の字で拘束されていた。
「始めましょう」
その一言が終わりだった。
バケツに入ったドロッとした蜂蜜を大量にかけられ、私のワンピースが汚されていった。
「うぅぅ……気持ち悪い……」
身体中が黄色い透明な蜂蜜に覆われ、息をするのもままならない。
苦しさと恐怖が同時に襲い、気が遠くなっていく。
「この森の財産は皆の宝です。何人たりともその宝を盗む者は許しません」
「ち、違います! 私は特別な事情があってその蜂蜜が必要で……」
「嘘をつくのが下手なようですね。貴女は」
女性は髪の毛から蜂蜜を滴らせる私をじっと睨む。
「ち、ちがっ」
「違いません」
女性はさらに蜂蜜をかけ、あろうことか、ワンピースの胸元から注ぎ込んだ。
「うぅ……」
「そうですね。そこまで認めないなら……分かりました。少しばかり蜂蜜を差し上げましょう。楽しかったですし」
「えっ?」
女性の言うことはもはや理解不能で、ただただ彼女の言うことを聞くしかなかった。
「どうぞ受け取ってください」
女性は一瞬だけ笑顔を見せると、今度は激しく蜂蜜をぶちまけた。
うう……。私のお使いは何時になったら叶うの?
私はそう嘆いて、放心状態のまま蜂蜜を滴らせ、とぼとぼと家路についた。 




inserted by FC2 system