アイドルの楽しみ 9(最終回)


結局私は何も生み出さなかったし、誰からも本気で愛されてはいなかった。20歳でやめると宣言し、3日後にはファンレターもこなくなった。いい。それでいい。厄介なものがくると事務所が引き留める。どうせもう尻すぼみ段階に入っているのに。

20歳でやめる宣言の会見のときが一番楽しかった。
会見をすると言ったときにプロデューサーと事務所の社長は早速企画を練ってくれていた。

「今回、集まっていただいたのは他でもありません、私水沢陽菜は、学業に専念するため、20歳の誕生日に、ムーンフェイスプロダクションを辞め、事実上芸能界から姿を消すことに決定させていただきました。」と、会見の冒頭で演説する事になった。
その本番で、
「今回、集まっていただいたのは」
でバケツの水をかぶり
「他でもありません、私水沢陽菜は、」
で粉を浴び、
「学業に専念するため、」
でパイを顔面にぶつけられ、
「20歳の誕生日に、ムーンフェイスプロダクションを辞め、」
でトマトソース?らしきものが降り注ぎ、
「事実上芸能界から姿を消すことに決定させていただきました。」
で大量のローションを浴びせられた。

ベテランの芸能リポーターから質問
「いつごろやめようと決意されたんですか?」
「もう、結構前からです」
トマトソース。

「ファンの方々にはなんと説明されたんですか」
「ファンクラブには会報で昨年から先ほどと同じように書かせていただいていました」
ローション。

「すると、昨年より前には決意なさっていたと」
「はい。短大に受かった頃からです」
粉。

その後もまるでわざとかと思うくらい会見は引き延ばされ、私も何がなんだかわからないものを浴びまくっていた。

そしてその映像は一日中繰り返し流され、程なくして私は水沢陽菜を辞めた。

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