アイドルの楽しみ 3

それからしばらく私が楽しいと思える仕事である濡れる仕事―――勿論写真集とか、私の下手な歌とか(ほとんど売れなかった。というかほとんど数を作らなかった)、それなりに楽しい仕事はあったけど、私が本気で楽しい仕事は濡れる仕事だから―――はなくて、水死体役から4ヶ月ほどたった日、若手人気バンドのPVで雨に打たれるシーンをやることになった。大好きなバンドだったから、二重に嬉しかった。

「陽菜君、よろしく」
ギター兼ボーカルのDAIYAさんが握手をしてくれた。なんか、芸能界入って初めて濡れる以外で本気で笑顔になった。
「陽菜ちゃん、濡れるシーン大変だけど頑張れる?」
ベースのRIKI君が心配してくれたけど、平気だと答えたら、マジ!?すごいね!と驚いてた。後で聞いた話だとこのRIKI君が私のことをなぜか気に入ってくれていて、それで今回のPVに出してくれたらしい。後からこのPVはこれからの仕事を大きく動かすとは思ってもいなかったが・・・・

汗ばむほど暑いスタジオでまず私から撮影。何百リットルか忘れたけど、冬のセーラー服のまま冷たいシャワーを浴びせられた。時々、「はい、回って」と言われ、ターンをしたり、ジャンプをしたりする。そのたびに飛沫が撒き散る。10分程度撮影された後休憩。タオルをDAIYAさんから渡してもらい、ちょっとドキドキしてしまった。隣でRIKI君がニヤニヤしながらこっちを見てたので、笑いかけてみた。RIKI君は「うっわー、ちょ、マジかわいー」と大興奮。そこでドラムのCENさんに思いっきりスティックで突っ込まれ、笑ってしまった。

撮影はその後20分やって、私の部分は終了した。その後仕事もなかったので、せっかくだから見学することにした。濡れた服のままの方が涼しいから、とタオルにくるまって眺めていた。眠そうなギターとコーラスのREIさんが現れ、撮影が始まった。表情にはあんまり出さなかったが、大興奮だったのは言うまでもない。
そこへ撮影監督がやってきた。
「せっかくだから、ちょっと別のシーンも撮りたいんだけど、いい?」
こういうのは有無をいわさずマネージャーがGOサインを出すのが普通だと思う・・・まぁ、乗りかかった船。ぜひ、と言ってシャワーの中に入った。
バンドの4人はずぶ濡れだったけど、そのずぶ濡れ姿もカッコよかった。なにやらDAIYAさんは打ち合わせをして、曲の最後のフレーズから再開。私は監督の指示で中心まで歩き、な、なんと、DAIYAさんに抱きしめられた。顔が熱くなっていくのが分かった。後奏24秒間抱きしめられ続け、OKがでたあともシャワーを浴びながら放心状態だった。

マネージャーに服を着替えるように言われたが、DAIYAさんのあの感覚が忘れられず、衣装だと言うことも忘れてずぶ濡れのまま歩いて帰った。

結局その「抱きしめ」シーンは使われなかったけど、あの感覚は忘れられない。

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