アイドルの楽しみ 2

次の仕事は死体役だった。水死体。制服のまま藻の生えた汚い緑色の池に石をくくりつけられて沈むというもの。濡れるだけじゃなくよごれることもできる。最高の舞台だ。
まず、犯人役にハンカチで布を当てられるシーン。睡眠系の薬物(探偵モノのアニメで「くろろほるむ」とか言ってるやつみたいなのだとか)を嗅がされているという設定らしい。ふっと目を閉じて犯人役に寄りかかる。
次のシーンでボートに乗り、足に石を縛られ、いよいよ池に落とされる。一発勝負だ。といっても私は何にもせずにただ落とされるのを待つだけだった。石をすねにのせられ、ポイッと水に放り込まれる。めちゃくちゃ冷たい上に、ぬるぬるっとした苔が滑る。あとはただ浮いてるだけ。水中カメラもあるらしい。空気をはききり、そのまましばらく撮影。そのまま発見されるシーンもやったらしい。目を閉じていたため分からない。ずいぶん長い間息を止めていた。しばらくするとそれも終わり、髪を引っ張られて終了の合図が出され、私は自分でロープをはずして浮上する。ゆっくり泳ぎ、池からあがる。寒い。震えたくもないのに体が自然にブルブルする。全身ビチョ濡れ。しかも臭い。でも、これだけひどい格好なのに私はドキドキと興奮していた。引き上げられたシーンも撮るため岩場に寝そべる。ブルーシートで覆われているとはいえ岩がすごく痛い。でも表情は出さない。自然に蒼い顔にするため、池の水に氷を入れた冷たい水を浴びせられる。ここは監督のこだわりらしい。震えたら撮り直しに加えてまた氷水を浴びることになる。でも力んだら蒼い顔にならない。何十杯も氷水を浴びせられ、撮影終了。新人だから誰も見向きしない。『お疲れさま』なんて言われるのは私を持ち上げて落としたそこそこ有名なはずの俳優さん(私は知らない)。新人なんて掃いて捨てるほどいるんだから、死なない程度で何でもする。それが当時の常識だった。
マネージャーは申し訳なさそうに私を励ましていたが、私の方があっけらかんとしていた。濡れた服を着替える場所?勿論、ない。その場で脱いで体を拭いてその場で着替えて帰るか、ずぶぬれのまま歩いてどこか着替える場所を探すかしないといけない。私は勿論後者を選び、本当は着替えたくなかったけど、トイレの水道で体を水で洗って着替えた。

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