アイドルの楽しみ 0

表参道の下り坂をショップ見ながら歩いていると、アロハシャツに短パンというチャラけた男が声をかけてきた。
「キミ、芸能界に興味ある?」
芸能界。当時中学生の私にもわかった。カメラを向けられて華々しく世間を飾る明るい世界とは裏腹の、新人同士がつぶし合い、先輩が後輩をつぶし、スターに なった瞬間、僅かなうちに捨てられる芸能界。楽しい世界だとは微塵も思わなかった。しかし、興味はあった。馬鹿馬鹿しい平凡な日常より、少しは大人の汚い 社会を嘲笑する楽しみができる。そんな考えで私はこの世界に身を置いた。
私はどんな仕事もこなした。曲がりなりにも演技関係はまじめに取り組んだし、先輩関係にも気を配った。元々もっている(と、年輩の大先輩からは言われてい た)人付き合いの良さで、かなり評判がよかった。脇役ながらそこそこいい役ももらえた。しかし、どんな仕事も少しも楽しくはなかった。しかも、私からした ら馬鹿馬鹿しくて吹き出してしまいそうな話だが、この芸能界に憧れてたかる阿呆な虫けら女子どもがいる。この世界に夢も希望も未練もない邪魔ものは早めに 消えるべきだから、20歳になったとき、『学業に専念する』といって引退した。
唯一私が芸能界で楽しめた仕事は、濡れる仕事だった。ベッドシーンではない。というか、ベッドシーンはしなかった。しけた世界に裸まで売る価値はない。私が楽しかったのは、本当に濡れる仕事。ずぶ濡れになることだった。

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